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お墓不要論、お墓が買えない家や持たない家は親戚から嫌われるって本当!?

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葬儀最後の納骨をする時に必ずお客さんから出るお墓不要論。

特にお墓がない家や、欲しくてもお墓が買えない家の多くが、このお墓不要論について語っている。

それは『高いお墓を買ってそこを拝んでいることに意味あるのか?』というもの。『火葬したら納骨せず遺骨の前で拝めばそれで合理的でいいのに・・・』という声が聞こえてくる。

確かに言っていることは間違いではない。だがお墓を持たないことが本当に合理的なのだろうか。

そのようなお墓は不要だという人に対して、私達の周りではどのように自分の意見や反論などをすればいいのかをまとめてみました。

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お墓は不要だという合理的な考え方とは

日本の国は信仰の自由が保障されている国です。また宗教的にもお墓は要らないなどという所もあり自由な考え方を議論しても差し支えない国でもあります。

お墓不要論や葬儀不要説は昔から話題になってきていました。

人間は生活するうえで「それは不要だ!」などの合理的なことばかりではありません。

人生の中には必ず節目の誕生日、節句などの行事があります。それをやらないことが合理的とでも言うのでしょうか。

葬儀やお墓不要論も、納骨の必要性を余り重視せず、殆ど自分自身の考え方ではなく他人の考え方を借りて使っている事が多い。

思想抜きにお墓など弔いの話はなかなか出来ないのだが、伝統的なお墓の話を意識して議論する部分ではとても危険でもあるわけです。

納骨の必要性とお墓を持つことの意義

お墓を持つ事は人間文化の中でとても重要です。

古代からの権力者より言い伝えられ、また庶民的にも故人を弔う一つの最終手段として残されたものが納骨をしてあげたい、お墓を作ってあげたいというしっかりとした人情が生まれてきています。

確かに、納骨のためにお墓を持てば、お金はかかるしお墓掃除など面倒くさいことが沢山出てきます。

しかし家族は心のどこかで亡き人に会いに行きたい、亡骸が存在するお墓に行って見たいという部分も必ずあるはずです。

ですが近年は、お墓を買えない家が多くなり、納骨の必要性を深くまで考えないでいる。

各家庭の仏壇も有効的ですが、お墓は納骨すれば故人の眠っている所となるため、多少離れていても家族にとって存在価値は高くなるわけです。

そんな中、お墓が不要と言っている人達はもしお墓を持たない場合や買えない場合、先祖に対しどこに気持ちを伝えることができるのでしょうか。

お墓を求めることが出来た事で、先祖の安らぐ場所ができた。または他の人と同じように家族が揃ってお墓参りができる。お墓が建ったことでそんな安堵感も生まれてくるわけです。

お墓不要論、お墓が買えない家

お墓不要説はもともとどこから

お墓不要説は宗派によって考え方は違います。

実は仏教では、お墓を作る必要はありません。各お墓に納骨の必要性がなくなるのです。

お釈迦様もお墓が存在せず、遺骨に関して「こうしなさい」というようなこともないのです。

それよりも「今現在残された家族がいかに救われていくか」の意識に主観をおいています。 特に、浄土真宗の宗祖「親鸞聖人様」も亡くなる前に「閉眼せば鴨川の魚に与えよ」(自分の遺骸は鴨川に流して、魚の餌としなさい)と言っておられました。この言葉から遺骨に執着することを固く戒められています。

遺骨が眠るお墓中心に拝むことが仏教であるかのように思い込んでいる私達には、納得いかないことです。しかし、葬儀を大事にしないのであれば、勿論遺骨やお墓も大事に出来ない。よって先祖を祀るという意味でのお墓は不要であるということが言えるだけなのです。

 お墓不要説のデメリットとの関連性

お墓はあくまでも先祖の眠る場所として建てられ、先祖様がいたからこそ今の私たちが生きている事を認識するわけです。言い換えれば、先祖との繋がりを持つことの場でもあるというわけです。

お墓が買えない場合ならともかく、これが「お墓を持たない」「不要だ」ということは、先祖の存在までも絶ってしまうこと。心の拠り所まで失ってしまうことでもあります。

もちろんお墓がない家では、普段なかなか集まることがない家族や親族の方とも会う機会が失われるために、自然にお互いの心の絆も薄くなってしまいます。

お墓不要論、お墓が買えない家

一方で、交通事故で小さい子供さんを亡くされた方、また記憶に新しい7年前の東日本大震災でその亡骸すらない家の人達はどうでしょう。

その葬儀や納骨すら出来ず、弔いたくてもそれが叶わない家の人達も多かったはずです。火葬場は追い付かず、僧侶すらいなくて安心できない家が多かった。

弔いたくても弔えない状況の中苦しんでいるのに、お墓不要論を語る人達は『そんなことは要らない、無駄だ!』と言っている。逆の立場だったらそんな軽率な言葉は出せないはずです。

死の哀しみが強かった人たちと大往生の高齢者を見送った人との感覚の差は、同じではないはずです。

もし、長年お墓が買えない場合、お墓に納骨できずに今日まで来てしまった場合でも残された家族がお墓を持ったことによって世間様と同等のことが出来たと安心できるわけです。その上、お墓が出来たことによって兄弟や子供、孫の末代までに亡くなった方の話も伝えることが出来るのです。

これは生きている家族の満足感でもあります。

お墓に納骨することなど、当たり前の事を当たり前に遣る必要性は、伝統的な弔いの形や意味を遂行することができたということ。

伝統文化的なこの葬儀や納骨でも、先祖からの試行錯誤をしてきていい形を残し、今の葬儀や納骨の在り方というものが出来上がってきたのです。納骨やお墓の在り方も失敗でもなく、ここで合理化と反論したりすることは伝統ではなくなってしまいます。

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お墓を持たない供養方法

お墓や納骨も先祖をないがしろせず、きちんとした供養が出来ればいいわけです。葬儀はあくまでお釈迦様の弟子になるための儀式でもあります。

高いお墓を買えない家もまだまだ沢山おられます。お墓不要説を語る前に、このような形も有るよ!という提案は葬儀社の仕事でもあります。

近年では、永代供養墓(合祀墓)、樹木墓、散骨などと比較的低料金で納骨することも可能です。ただし後になってお骨を戻せないリスクは付いてきます。

それを覚悟の上での供養であればまた心の拠り所の場所がしっかりしていれば親戚からの反発などはないはずです。

葬儀とは人間の営みですので、個人の思想などに踏み込んでいかなければなりません。

またお墓についても非常に取り扱いが難しく、いかに子孫まで伝統を伝えていくかが今後の大きな課題になってきます。

大切な先祖に会いに行くその重要さをもう一度認識してみる価値はありそうですね。

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